大阪地方裁判所 平成7年(ワ)2987号 判決 1996年9月27日
原告
塩見満
ほか四名
被告
同和火災海上保険株式会社
主文
一 被告は原告塩見なみに対し、金三一〇万円及びこれに対する平成六年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告塩見満、原告中村つや子、原告塩見悦夫、原告塩見均に対し、それぞれ金八〇万円及びこれに対する平成六年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は原告塩見なみに対し、金六六〇万円及びこれに対する平成六年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告塩見満、原告中村つや子、原告塩見悦夫、原告塩見均に対し、それぞれ金一六五万円及びこれに対する平成六年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原動機付自転車に乗車中、軽四自動車と衝突して負傷し、その後一か月を経て死亡した者の遺族が、右自動車の自倍責保険会社に対し、自動車損害賠償保障法一六条に基づいて、自倍責保険金の支払を求めた事案であり、事故と死亡との因果関係の存否を巡つて争われた。
一 争いのない事実
1 事故の発生
<1> 日時 平成五年八月二〇日午前七時二五分頃
<2> 場所 兵庫県豊岡市加陽一三〇二先路上
<3> 関係車両 訴外塩見敏夫運転の原動機付自転車(豊岡市か九七七七号、以下「塩見車」という。)
訴外丸田昭夫運転の軽四自動車(姫路五〇か二八三号、以下「丸田車」という。)
<4> 事故態様 塩見車と丸田車が衝突した。
2 塩見敏夫の負傷及び死亡
塩見敏夫(以下「敏夫」という)は、本件事故により傷害を負つた後、平成五年九月三〇日死亡した。
3 当事者の地位
原告塩見なみは敏夫の妻、原告塩見満、原告中村つや子、原告塩見悦夫、原告塩見均は敏夫の子である。
4 被告の責任原因
被告は丸田車の保有者たる訴外丸田昭夫との間で自倍責保険契約を締結していた。
5 原告らの支払請求
原告らは、平成六年三月一一日、被告に自倍責保険金の支払請求をなしたが、支払を拒絶された。
二 争点
1 免責、過失相殺
(原告らの主張の要旨)
訴外丸田は優先道路を走行していたとはいえ、充分に速度を落として左右を確認して走行すべきところ、漫然速度を落とすことなく走行した過失により本件事故を起こしたものである。敏夫が高齢であることを考えると、同人の過失は多くとも四割五分程度である。
(被告の主張の要旨)
本件事故は敏夫が脇道から幹線道路上に飛び出してきたことによつて起きたものであつて、訴外丸田に過失は存在せず、被告は免責を主張する。仮に免責の主張が認められないとしても六割以上の過失相殺がなされるべきである。
2 本件事故と敏夫の死亡との間の因果関係の存否、素因減額
(原告らの主張の要旨)
敏夫は慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫の既往症で治療中であつたもので、死因も直接的には右既往症と関連する呼吸不全、心不全であつた。しかしながら、敏夫は事故前、日常生活を正常に営んでいたこと、本件事故は気胸を伴う肋骨骨折であり、これが呼吸不全を増悪させ、敏夫を死に至らしめたものであるから、本件事故と敏夫の死亡との間には相当因果関係が認められる。敏夫の既往症が死亡に与えた素因減額割合は二割程度にとどまる。
(被告の主張の要旨)
敏夫の死亡原因は肺気腫、気管支喘息による呼吸不全、心不全であり、これは敏夫の既往症によるものであるから、本件事故と死亡との間には相当因果関係は認められない。仮に、相当因果関係は否定できないとしても、敏夫の死亡には敏夫の既往症、並びに敏夫が生きる努力を放棄してしまつたという心因的要因が大きく寄与しており、大幅な素因減額がなされるべきである。
3 損害額全般
(原告らの主張)
死亡慰謝料 二四〇〇万円
原告らは、敏夫の過失等を考慮して右損害中一二〇〇万円及び相当弁護士費用一二〇万円の合計一三二〇万円につき、各相続分に応じた金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。
第三争点に対する判断
一 争点1(免責、過失相殺)について
1 裁判所の認定事実
証拠(甲一、七、八、検甲一、二)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。
<1> 本件事故は、別紙図面のとおり片側一車線で車道の幅員約五・六メートル(以下のメートル表示はいずれも約である)、北側だけに歩道のある非市街地をほぼ直線に走る道路(以下「第一道路」という)と、これに南から突き当たる幅員三メートルの道路(以下「第二道路」という。)によつてできた交差点付近において発生したものである。右交差点は橋のたもとにあり、信号機は存しない。
第一道路の最高制限速度は時速六〇キロメートルであり、西進車からの前方の見通しはよいが、左方は橋の欄干に視界が一部遮られて悪く、第二道路から右方(東方)の見通しも不良である。本件事故当時、現場付近の第一道路の東行き車線は渋滞していたが、西行き車線は空いていた。
<2> 訴外丸田昭夫(以下単に「丸田」という)は、制限速度内で第一道路を西進していたが、別紙図面<2>(以下符号だけで示す。)において前方一七・五メートル先の<ア>に塩見車を認め、急制動をかけたが及ばず、<3>において<イ>の塩見車と衝突した。衝突後丸田車は<4>に停止し、敏夫は<ウ>に転倒した。
<3> 他方敏夫は、塩見車を運転して、第二道路から第一道路を東進すべくこれに進入しようと、<ア>から<イ>に進んだ際に丸田車と衝突した。
2 裁判所の判断
1の各認定事実に照らし考えるに、丸田は左方の見通し状況が悪かつたのであるから、左方からの安全に意を払い、十分減速して進行すべきであつたのに、これを怠つた。他方敏夫には優先道路を右方から進行してくる車の動静に注意を払わず、これに進入した過失が認められる。右過失の内容を対比し、現場の道路状況、自動車対原動機付自転車の事故であることを考慮すると丸田と敏夫の過失割合は四対六とみるのが相当である。
二 争点2(本件事故と敏夫の死亡との間の因果関係、素因減額)について
1 裁判所の認定事実
証拠(甲一ないし六、甲九の1ないし3、一〇、乙一、二、証人由利弘一郎)によれば、次の各事実を認めることができる。
<1> 敏夫(大正三年四月一日生、当時七九歳)は、昭和五五年ころから慢性気管支炎の診断を受け、平成二年二月一九日ころ、動悸・息切れがする等の症状を訴え、豊岡市内の由利医院で受診し、同医院において、肺気腫、慢性気管支炎、気管支喘息を伴う慢性閉塞性肺疾患に罹患していると診断された。そして、同医院において、気管支拡張剤、喀痰融解剤、抗生剤等の経口剤、注射による対症治療を継続的に受け、毎日のように同医院に通院していた。
右治療の結果、敏失は事故当時においては、食事も進んでおり、血液検査においても特に貧血等の症状はなく、肝機能・腎機能も正常の範囲内であり、本件事故時まで、気胸及び無気肺を疑わしめる症状もなかつたもので、慢性閉塞性肺疾患の症状の程度は中等症であるとはいえ、介助を要するほどではなく、それなりに安定した状態にあつた(特に甲六、証人由利弘一郎)。
<2> 敏夫は、本件事故当日である平成五年八月二〇日豊岡病院の外科において診察を受け、肋骨にひびが入つているのが発見され、右第九肋骨骨折の診断を受けた。そのため、敏夫は、胸部を締め付けこれを固定するトラコバンドを装着されたところ、このころから呼吸不全・胸痛を訴えるようになり、食欲をなくし、ブドウ糖の注射、内服薬と湿布薬の投与を受けたが、顔や腹部のむくみも認められ全身状態が悪化したため、同月三〇日、同病院の内科に入院した。その際には、軽度の気胸が認められ、これは同年九月八日ころには一旦治つたものの、同月一二日ころから、急速な心肺機能の低下、無気肺が認められ、同月二四日には腹水の疑いが出て、二五日にはDIC(播種性血管内凝固症候群と呼ばれるもので、全身状態が悪化した際に、全身の血管が詰まり、血小板が減少して出血しやすい状態を指す。)と診断され、貧血が進行し、血小板の減少が進み、同月三〇日、呼吸不全・心不全により死亡するに至つた。
<3> 由利医院医師由利弘一郎は、「敏夫の死亡直前の状況は、慢性閉塞性肺疾患の終末状態に一致しているが、本件事故前には気胸、無気肺などの症状はなかつたのに、事故後、これらが起こり全身状態が悪化したものである。トラコバンドをすると、胸を締め付けられるので慢性閉塞性肺疾患の患者の場合は通常人よりも呼吸困難となりやすいもので、本件事故がなければ敏夫はまだ長生きしたのではないか。」との見解を示しており、他方豊岡病院の三村令児医師は、「直接の死因は消化管出血かDICの合併症であり、事故と直接の因果関係はないと考えるが、本件事故が敏夫の死期を早めた可能性はある。」との見解を示している。
2 裁判所の判断
1の認定事実によれば、敏夫は肋骨骨折によつてトラコバンドの装着を余儀なくされ、胸部が締め付けられることにより気胸、無気肺という新たな症状が発生し、これらによつて既往症が増悪し、心肺機能の低下に伴う全身状態の悪化により死亡したと認められる。そして、由利証言によれば、慢性閉塞性肺疾患の患者においては右のような症状の推移を経て死亡に至ることは特異なことではないと認められるから、本件事故と死亡との間に相当因果関係が肯定できる。
しかし、本件事故による敏夫の負傷の程度から見て、敏夫に前記既往症がなければ、死亡することはなかつたのであるから、生じた損害のすべてを加害者側に負わせるのは相当ではなく、公平の見地から民法七二二条二項を類推適用して、相当の減額をなすべきである。その割合は、右医学的機序及び前記認定の敏夫の既往症の内容、程度に鑑み三割とするのが相当である。
被告は更に敏夫の心因的要素を問題とするのでこれについて判断を示す。証拠(乙二)によれば、敏夫が治療に対して非協力的であつたことは認められるが、敏失は本件事故によつて呼吸困難が増悪していたもので、少しでも楽な治療を望むのが通常であり、有効なものでも肉体的苦痛を伴う治療を拒否するのは、敏夫の年齢を考えあわせるとあながち不自然なことではない。敏夫の治療態度を持つて、敏夫が生きる努力を放棄したと見るのは行き過ぎであり、この点は素因減額に当たつて考慮すべき事項ではない。
三 争点3(損害額)について
敏夫の生活状況、年齢、事故後一月を経て死亡したものでその間の精神的・肉体的苦痛も大きかつたこと、本件事故態様の他、本件審理に顕れた一切の事情を考慮して二〇〇〇万円をもつて慰謝するのが相当である。
第四賠償額の算定
一 素因減額
第三の三認定の二〇〇〇万円に第三の二認定の素因減額三割をなすと一四〇〇万円が求められる。
二 過失相殺
一の金額に第三の一認定の敏夫の過失割合六割を減じたものを乗じると五六〇万円となる。
三 相続分
二の金額に各原告の相続割合を乗じると、原告塩見なみについて二八〇万円、その余の原告について七〇万円が求められる。
四 弁護士費用
三の金額、本件審理の内容・経過に照らすと、各原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は原告塩見なみにつき三〇万円、その余の原告につき各一〇万円と認められる。
五 結論
三、四の合計は原告塩見なみについて三一〇万円、その余の原告について八〇万円である。
よつて、原告らの被告に対する請求は、右各金額及びこれに対する被告への自倍責保険金請求の日の翌日たる平成六年三月一二日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)
交通事故現場見取図